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2017.11.17 (Fri)

やりすぎは危険か



  曲としては聞いたことがあったけれどこれまで音取りをしたことがないものをゆっくりと音取りしてみると、もの凄くたくさんのエッセンスが盛り込まれていることに気がつくことがある。


  それは生々しいほどに新鮮で生気に満ちている。


  それが演奏家が演奏しているもので聴いてみるとその生々しいエッセンスの味が全部混じり合ってまろやかになり過ぎて曲の個性が消えてしまったんじゃないかと思うことがある。


  これはギターの作品と云うよりも一般的なオーケストラや室内楽の作品で感じるものだが、いい演奏とそうでもない演奏の違いとしてはその細かいエッセンスがどれだけ表現として現れているかいないかと云う部分で現れたりしているように思う。


  料理でもあんまり煮込み過ぎたら素材の味が混じり合ってしまいにはドロドロになって味も歯触りも分からない流動食的なものになってしまうのに似てるのかなと思ったりもする。


  だからといって生々しければいいかと云うとそれなまだ生煮えの料理になる、つまり荒くて雑な演奏になると云うことがあるから、それよりはより練り上げたものの方がいい演奏になるのは確かなこと。


  しかしあまりに練りすぎると素材の味が分からなくなる、つまり他の曲と区別が付かなくなることがある、つまりいろいろな曲を聴きたいと思う気持ちが失せてしまうと云う危険性があるように思われる訳だ。


  つまり洗練と斬新のいいバランスが取れた演奏なり料理が理想になるんだろうな。


  巨匠の演奏を聴いても何十回もあるいはもっとたくさん演奏しているような曲を聴いてみると如何にも飽き飽きしたような雑な感じで、しかもツボは心得ているけれどそれらが過剰な表現になる、つかり賑やかな楽章はより賑やかに、ロマンティックな楽章はもの凄く甘く感情豊かに、軽快な楽章はボルト並みに突っ走る早さで駆け抜けると云うような味も素っ気もないような感じになることがあるからなかなか演奏も他のことも気が抜けないものだろうと思う。


  と云う心配は演奏をする側だけがすることなんだろうけれど、いろいろ難しいもんだなと思う訳だ。

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