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2017.03.07 (Tue)

不可能を可能に


  弦を弾く方の手の、仮に人差し指から薬指のタッチがある程度上等になったときに、ただ太くて短くて動きの鈍臭い親指の音ばかりが見窄らしく聴こえるもので。


  軽やかで柔らかい低音の刻みの上でメロディが奏でられる、その美しさはえも言われぬものだが、そんな風に弾くのはまさに至難の業で。


  だからメロディをむやみにスタッカートで切れの良さとノリを出そうとするけれど、そんなのは実に噴飯もので貧乏臭い演奏にしかならないもの。


  抜けのいい音の通りの云い、即ち遠鳴りのする低音を出すために考えられることの初めは出来るだけ強い力で弦を弾くことで、それはそれで間違いではないけれど、力任せに弦を弾くものだから爪の減りはもの凄く早く、角度を間違えれば爪の端が捲れて出血してみたり、喧嘩腰のような耳に突き刺さる雑音だらけの音で、結局その力任せが他の指にまで影響を与えてしまうので全体が粗野な感じになってしまう。


  それでそれまでのやり方への考え方をもう一度見直すことになる。


  力任せに弾いているときの考え方は出来るだけ深く弦に爪又は指の腹を当てて力を込めて一気に弦をはじく。


  一番簡単な考え方は上記のやり方のまったく反対のやり方。


  つまり力任せ → 力を出来るだけ抜く

  (弦に指を掛ける部分を)深く → (弦に指を掛ける部分を)浅く

  力を込めて一気に → 力を抜いて


  と云う具合になるのだが、力を抜いた状態でしかも爪を弦にできるだけ当てないで一気に振り抜くと云うことに行き着くが、そんなこと不可能なことしか思えない。


  その不可能を可能に変えることが出来れば、それが出来れば最高なんだろうけれど、逡巡を繰り返す。


  そのコツを掴んだ人間の音を聴くと、それが自分の進む道だと考えるけれど、実際に自分の指でギターに向き合えば、やっぱりそんなやり方で満足な音が出るはずもない。


  迷う、惑う、考える、絶望する、考え直す、やり直す、望み無し、考える、考え直す、諦める、なんて云う堂々巡りを繰り返す。


  そのようにして高らかに宣言する。


  今はきちんと音を出したいから力を入れて弾きます。


  僕「そんなことしたら元の木阿弥ですよ」と云うのだが、それを可能にするのはもの凄く難しいことで、ほぼ不可能だとは思うんだけど、それでも諦めないでって言いたい。

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