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2013.07.18 (Thu)

現実逃避

 何年ぶりかで部屋にあるアップライトピアノを動かして裏側や床の埃を掃除する。

 壁際に置いたピアノを掃除機のホースが入る程度に引っ張りだし床の埃などを掃除機で吸い取り、コロコロを使ったり、裏面は掃除機で吸えない部分が多いからその辺は、床掃除用のゴミを吸着するシートを使って凸凹のあるところを大まかに拭いていく。

 そんなことをやっている時間があるのかどうかわからないけれど、部屋が僅かでも快適になればいいだろうという程度の作業は、案の定僅かな時間で済んだ。

 さて、生徒の演奏ばかりでなく、聴いていてどうにも居心地悪く感じるのは、いろいろあるけれどその筆頭にあげたくなるのは、表情がないもの。

 表情はこの場合主に強弱、またはフレージングにアーティキュレーションのはっきりさの度合いなどを含んでいる。

 表情のない演奏は、中身がないままにただ喋り続ける行為に似ている。

 つまり何も考えないでただ思い浮かんだことばかりを延々と喋り続ける、騒音と云われても仕方がないようなその状態に似ている。

 或は、ほんとはそんな風には思っていないのに誰かの話しに同調したいという思いだけで相づちを打つ人の話し方に似ている。

 つまり内容について、深く考えないままに無責任に話しをし続けるような感覚。

 だからもうちょっと考えてみたら、と云ってみたりするのだが、考えるというのは考えるための題材と方法を知らなければできないことだから、その方法を知っていなければ無理なこと。

 尤もその中身のない喋りであっても、それが話芸と云えそうな域に達してしまえば、それは立派な芸と云われるものだから素晴らしいものだが、それでも中身がないよりはしっかりと詰まっていた方がやりがいがあるはず。

 だからよく考えて喋れば、と注文を付けたくなる。

 演奏でのことになれば、全体から細かい部分に至る部分をよく聴いて、よく感じて、よく考えて、細やかな表情をつけるようにしてみれば、でその方法としてはこのようになんて云うのだが。

 感じてそれを深く考えると云うことは、云うは易く行うは難しと云うことなんだよね。

 なんて云うことを考えている暇は、実のところ全然なくて今度のライブの練習が間に合うかどうかの瀬戸際なのだから寸暇を惜しんで練習を、また曲のことを考えた方がいいのだ。
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