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2013.04.28 (Sun)

変なアクセントから

 シューベルトの歌曲「野ばら」の1番のドイツ語の歌詞は Sah ein Knab ein Roslein stehnと始まる(Rosleinのoにはウムラウトがつくのだが僕のパソコンでは無理、またその発音は「お」と「え」の中間)。

 読み方を片仮名表記すると大凡 ザー アインクナープ アインロースライン シュテーンと読む。

 ein(アイン)は不定冠詞。

 歌詞の意味を書けば、所謂童は見たり野中の薔薇となる。

 不定冠詞にはアクセントは付かないからザー アインクナープ アインロースライン シュテーンと下線を弾いた単語にアクセントがつく。

 またシューベルトののメロディもそのように歌うように書かれている。

 しかし稀ではなく日本人の方が読むとザー アインクナープ アインロースライン シュテーンと不定冠詞のアインばかりにアクセントを付ける、それはまるで志村けんのギャグをやっているように見える。

 こんな風にアクセントの一を間違えるのは、ドイツ語の歌曲ばかりではなくてギターの演奏でも同じ。

 どうしてアクセントがつかない場所ばかりでアクセントを付けるのか、それはフレーズのなかの音をぶちぶち切るのに、フレーズの継ぎ目ばかりを必死になって、躍起になって繋げようとするのとまったく同じ精神構造によるものかもしれない。

 これは勿論、自分がこってこての日本人であると云うことw重々自覚してのことで尚書く訳なのだが。

 また外国語の意味を知ろうとして辞書を使い、できるだけ忠実に意味を日本語に移してそのイメージを歌おうとするので、頭の中では日本語訳が先ずあって、その先に外国語がきてしまうために、感覚的には日本語のイントネーションで片仮名書きされた外国語の単語を喋るようなそんな歌い方になっているように見えることが多い。

 それは、ギターを初めとした器楽の演奏でもまさに同じ。

 確実なこととしては云えないけれど、そんな風な言い方が我々日本人の感覚としては好ましいのではないかと思われる節もある。

 例えば、交通安全や防災、防犯を呼びかけるアナウンスを聞いていると、例えば夜道の一人歩きにご注意くださいとか、火の始末をしっかりしてください、と云うようなことをマイクを通して呼びかけるときに、アクセントのつく場所が、夜道の一人歩きでも、火の始末でもなく最後に出てくるご注意くださいやしっかりしてくださいのくださいに付いたりして、しかも懇切丁寧にくださーい、とさを伸ばしたりしている。

 そう云うことを観察してみれば、とにかく何を云おうかと云うことに眼目があるのではなくて、私はとにかくお話ししましたよと云うところに重点があるようなのだ。

 だ〜か〜ら〜俺はね、そうじゃないと思うんだよ、そりゃああんたの言いたいことも分かるけど俺は違うと思うんだよね、まああんまりくよくよ考えることもないよ。

 なんていったい何を俺さんが思ったのか、まったく分からないような発言がよく見かけられたりして。

 してみるといったい何を云いたいのか分からない政治家の発言も、歌謡曲の歌詞とメロディの整合性のなさも、自分の言いたいことばかりを喋る世間話もそれらの情景は実に日本人的なことなのかもしれない。
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