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2012.05.11 (Fri)

苦しさと美しさ

 脇目もふらずただ黙々と山道を登る。

 聞こえるのは早鐘のような心臓の鼓動とはあはあ云う呼吸の音だけ。

 体力的に限界だから歩くのを止め、腰に手を当てて上を見ながら荒い呼吸をしばらく続けて、つらいのは筋肉系と呼吸器系で視覚聴覚はそれほど疲れていないから耳からは野鳥の鳴き声、眼からは眼下に広がる景色ばかりではない、眼の高さの空や雲、見上げればまだまだ続く頂上への道と荒々しい山頂の姿。

 歩くのに夢中になっていると景色や小鳥のさえずりなど様々なものを聞き漏らし、見逃していることに気づくことになる。

 歩きながらいろいろ楽しむためには、それなりの体力が必要だと云うことである。

 急いで昇らなくてもゆっくり歩けばいいだろうと云う考え方は勿論ある。

 しかし非力な体力で登れる山はたかが知れ、自分が登りたいと思う山に登るために必要な体力はまったく足りていない、という状況でさあどうするか。

 ひとつは山登りを諦める、もうひとつは体力を付けると云う大凡ふたつの方法があるだろう。

 と云うことの、体力を演奏技術に、山の標高の違いなどは曲の難易度の違いと云う具合に単語を入れ替えれば、そのままギターの練習上の問題を言い表す文になったりする。

 とにかくひたすらに動かない指を動かそうとする、実のところ指はもっと自由に動くことができるのに。

 それで出てくる音は、きちんと出ているとは云い難く、リズムは正解が殆どないと云うような、しかも演奏者自身如何にも苦悶の表情ときちんと弾けないことに対しての幾ばくかの恥じらいを持って弾いている。

 ちょっと悪戯させてくださいと言い、僕は楽譜を取り上げて、できるところまででいいですが暗譜で弾いてみてくださいと注文を付ける。

 目が点になった彼は不承不承に弾き始める。

 明らかに音の出方が違うのは楽譜を追うために前のめりになっていた姿勢が直ったためだろう、しかも目の前に楽譜がないから頭の中で記憶している旋律を思い出しながら指を正確に動かそうとする。

 いくつかの弾き間違いがあったものの無事演奏終了。

 どうでしたと尋ねると、ある世代の日本人に特有のはにかみ方をしているが音がはっきりと出ていたと思うと答えて、少し表情が変わってきた。

 それは山を登ることが苦しいと同じだと思っていた人が、ふと振り返ってみた景色に初めて美しさを感じふたつの相反する感情が同時に沸き上がった瞬間であるのと同じかも知れない。

 その美しい景色を見たことが、それまでの苦労がただの苦労ではなく楽しみに変われば、彼はもう少しその楽しみを続けることができるかもしれない。

 無事に下山した後、しばらくは筋肉痛で次の計画を立てるなどもってのほかである場合が多いのだけど。
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