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2011.11.18 (Fri)

バッハと云う宇宙

 地面に転がる石ころをひとつ手に取って眺めてみると小さな穴が開いてたりとても小さな粒子が寄り集まって出来ているのが見えたりする。

 多分それを割ってみてると中まで小さい粒子ばかりであって、それはとても小さなものが集まってひとつの大きな石になって、さらにいろいろなものとぶつかったりこすれたりしながら次第に丸みを帯びてきたのだろうと云うことが分かる。

 丸くなるためにはどのくらいの年月が必要なのかまったく想像できないが、とても人の寿命程度の時間ではできなさそうな気がする。

 その小石を水たまりに向かって放り投げると、石は放物線を描いて水たまりに
落ちる。

 すると水たまりは石の落ちたところを中心にして波紋が発生する。

 ゆらゆら揺れる波紋に光が射すと瞬間的にいろいろな色が見えるような気がする。

 波紋が静まるのは、水たまりの大きさと石の大きさ、投げ入れる速さなどで変わってくるだろう。

 ふと夜空を見上げてみる、最近の汚れた空なあばあまり綺麗な星空を見ることができないが、晴れた夜には稀に流れ星が放物線を描いて消えていくのが見える。あの水たまりに投げ入れた小石のような放物線を描きながら。

 水たまりの波紋は、それのもっともっと大きな規模で、しかも無音のままでビッグバン宇宙として宇宙が生まれたその瞬間に似ているのだろうか。

 小川作造さん、いや、ヨハンセバスチャン・バッハさんはビッグバン宇宙のことなんか知るはずがないのは云うまでもない。

 しかし彼が小石を手に取ったり、水の波紋を見たり、空を見上げたときに見える景色は、いったいどの程度だったのか。

 自転する地球の上に立って、星がそれぞれの軌道に従って進み、稀に流れ星が瞬間的に見えるけれど、太陽を中心に火星や金星や木星がそれぞれの速さで進み、その動きによって月の形が日に日に変わって見えて、そんなことが彼の頭の中で立体的に見えていたのかなあ。

 なんて云う具合に彼の作品を見るたびに感じるのは宇宙的であって、深遠であって、形而上学的である、と云うことでは決してない。

 彼の作品を見るときに感ずるのは、ただそこに書かれた迷路の解読と云っていいだろう。

 それをひたすらに読み解き、音楽としての生命力を与えると云うことである。

 しかし、バッハのメロディを口ずさみ空を見つめるような、そのときには、僕はバッハの中に永遠を感じ取るのである。

 そうして小川さん、あんたも人が悪いよね。

 なんて口走ったりするのである。
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14:29  |  音楽  |  トラックバック(0)  |  コメント(2)
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