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2011.11.16 (Wed)

学問のすゝめ

 分からないことやできないことを、分かるようになったりできるようになりたいためにどうすればいいのか、について古来よりもの凄い数の頭脳が考えてきた。

 例えば古代エジプトではナイル河の氾濫を経験で知る以上の精度で予測したいと云う気持ちが試行錯誤を繰り返し、おそらく川ばかり見ても仕方がないと云うことになって一転目を上に持っていき天体を観測することで暦や時間を発見したり測量技術を磨いたりしたり、それにより数学が発達したりした。

 文字が発明されれば文学が生まれ、文字として書かれた文字と文章から、言語とは何かと云うような考え方が生まれ、メタ言語と云う概念、おそらく哲学殊に分析哲学に至るだろうし、それぞれの分野の学問の方法を別な分野に応用してさらに緻密な、そしてやたらに細分化されて誰にも全貌を掴むことができないような学問の大系に至ってしまったのだが、とにかくマイナス面は確かにあるとしても未知のことを知ろうとする技術を身につけるためには学問を学ぶことが最も大切だろうと思われる。

 例えばギターが上手になりたいと思う。すこし冷静な人ならば上手って何だろうと考える。次におそらく知人にそんなことを尋ねるだろう。しかし自分の望むような答えはなかなか得ることができないから、自分で考えるようになるだろう。上手いとは何か、そして自分とは何かなどに考えが及ぶはずである。それは哲学的な方法であって辛抱強い人ならば読み難い哲学書を読み始めるだろう。

 現実に練習を初めて見てもなかなか上達しない人は多分音楽のことが分かっていないと気がつけばアナリーゼの必要性を感じてその方法を学ぶだろう。音楽の分析は共通の要素とそうでないものを分け、それがどのように組み合わされているのかをいろいろなレヴェルで考えるようになるし、理想的なタッチを考えれば弦を弾いた指先の線的な動きの中から微分的に考えて弦を弾く瞬間の方向性と力関係について考えるようになるだろう。このために使われる学問は数学である。

 上手になるための方法をある程度想像してそれを確かめるべく自分で見出した方法で練習をしてどの方法が一番いいのかを決めるのはよくあることだが、それは化学の
仮説、実験及び追試と同じ方法である。

 そんな状況になったときに僕はぽつりと呟くのである。

 もっと勉強しとけば良かったな、と。
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テーマ : 思うこと - ジャンル : 学問・文化・芸術

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