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2011.11.15 (Tue)

算数のバカ

 例えば、

 時代は江戸時代末期の頃です。AさんはBさんの奥さんと1度だけ浮気をしました。それをBさんに知れてしまいAさんはBさんから5両の慰謝料を請求されました。実はBさん夫妻は貧しかったのでAさんを騙して金を盗ろう思い美人局をしたのです。そんなことを知らず、また5両なんて大金を持っていないAさんは自分の奥さんに相談しました。すると奥さんはAさんに浮気をしたのは1度きりかい?と尋ねました。Aさんはその通りだと答えました。Aさんの奥さんはAさんにBさんから10両の金を貰ってこいと命令したのです。何故ならAさんの奥さんとBさんは3度浮気をしたからです。この中で一番したたかな人は誰ですか?但しAさんは嘘を云っていない、江戸時代の身分制度と現代の風俗習慣及び価値観倫理観の違いは無視して考えること。

 なんて算数の問題があったとする。

 また、算数などの文章問題にはこのような但し書きが多くて、例えば300キロの距離を時速6キロで歩くとする。草鞋は80キロ毎に履き替えなければならないとして、300キロ歩くのに必要な時間と草鞋の数を答えなさい。但し草鞋を履き替えるのに要する時間は無視すること。

 のような無茶な但し書きが書かれていて、しかも飯を食うことも休憩することも許されない非人道的な算数問題が平気な顔で登場したりする。

 算数は数学は、このように自分の都合のいいようにルルールを決めて答えを出させようとする性質を持っていて、それは可笑しいだろ!といちゃもんを我々が付けようともその成果が科学の発展や宇宙を含んだ世界の理解に大きな貢献をしたのだから文句を云うこともできないけれど、無茶苦茶な条件の中で矛盾のない答えを出させようとする姿勢にはいつも呆れ返ってしまったりする。

 そんなことが数学の世界だけで行われるのならば、算数数学をとうの昔に縁を切っている僕には特に何のしがらみもないのだが、クラシック音楽の世界と云うか作品の中身の理解や、僕が読んでいる本の中、或いは楽器を演奏するためにはいくつかの数字や数学的用語を知らなければならなかったりして、それがために腐れ縁とはなかなか断ち切れないでいるのである。

 なんてことをメシアンの移調の限られた旋法についての記事や、バッハやヴェーベルンのことを考えているうちに募ってきたのである。

 バッハ以外の作曲家の書いた曲だってそのように綿密に考えられて作られているものが多いし、また演奏中に必死で数え続けなければならないものや、聴いていてもそのような手法が我々の気持ちの奥底に働きかけ、精神をどこかに連れ出されてしまい、気がつけば精も根も尽き果てていると云う、多少大袈裟には書いてしまったがそのような気持ちになるのであるから、決して音楽で癒されることはあり得ないのである。

 音楽を聴いて癒されたと云うような人は、いったい音楽の何を聴いているのか1度尋ねたいと思ったりするのである。
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