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2011.09.04 (Sun)

マイナーとしてのクラシックギター

 ことあるごとに「俺はクラシック音楽に興味なんかないんだ」と云う生徒がいて、そんなことは彼がわが教室に来て早々に彼の口から聞いたことであって、今更また何度もそのような話を聞かなくても当方としては百も承知のことですよ、と云いたいのだけれども、毎度毎度彼がそう云うことを云い続けることに、矢張り何か彼の思いがあるからそのように出るのだろう、それは「いい音なんて分からない」や「珈琲なんて色がついてればいいんだ」みたいな意味不明な言動からも察することができる。

 勿論察することはできるけれど、それは彼が何かを云いたいと云うことだけを察するのであって、彼が何を云いたいのかと云う眼目に関しては一切察することができないのは僕の勘がもの凄く鈍いと云うことを示している。

 日本にギターと云うものがやって来たときに、それがどんな風にやって来たかは分からない。

 けれど、おそらく所謂クラシックギターと呼ばれるものが初めに上陸して、その後アコースティックギターやエレキギターがやって来たのかもしれない。

 まあその辺の順番についてはそれほど大きな意味がないと、僕には思われるので話を先に進めるけれど、それら3種のギターがある程度の時間的な前後関係を伴って日本にやって来て、また世界からいろいろな分野の音楽がやって来たときに、その分野はクラシック、タンゴ、民族音楽、演歌や歌謡曲など多岐に分かれ、演奏する人は、様々な音楽の分野を3種のギターのどれかを選択して演奏することになる。

 因に僕が初めて見たクラシックギターの教本は、歌謡曲を弾くためのものでその本の中には古典音楽のただ1曲も載っていなかったから、例えばラジオやまれに行われるテレビ放送を通してクラシック音楽を演奏するクラシックギターの音や映像を見なければクラシックギターと云う楽器はクラシック音楽を演奏するための楽器だと思わない人が多いと云うことに異論を挟む余地はないだろうと思われる。

 これまで何度か、日本ではクラシックギターブームが起こったと云われている。

 しかしそのどれだけの数がクラシック音楽を演奏するためのクラシックギターで占められているのか、と考えるともの凄く心細い気持ちになる。

 だって僕が初めてクラシックギターで演奏したのはフォークソングであったし、アコースティックのギタリストが、所謂アコースティックギターとクラシックギターとエレキギターを持ち替えてみたりと云う光景を指をくわえて見れば、それらはすべてひとつの「ギター」と云う楽器として統一しているようにみんなが認識しているのかもしれないと思うようになったりする。

 ある種の音楽は、楽器がエレキでもアコースティックでもクラシックでも演奏できるだろう。

 しかしクラシック音楽は矢張りクラシックギターでなければ演奏できないだろうと僕は想像する。

 そう云う意味で、僕はクラシックギターを大切に考えたいと思う。

 以前とあるリューティスとが、それを始める切っ掛けとしてマイナーな楽器であることと云っていたけれど、もしかするとクラシック音楽を演奏するクラシックギターの方がもの凄く希少価値であるように思えてならないのである。
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