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2011.01.22 (Sat)

ある人を見て

 例えば我々が何度も本を読むのは、名作の文学であればその本に書かれた文自体を読んで味わいたいと云う場合があるだろうけれど、凡そは書かれた内容を再確認、つまり忘れてしまった記述を思い出すために読み直すと云うことが多いように思われる。

 だから一度満足できるほど内容を知ってしまった本を読み直すことは少ないだろうと思われるのだ。

 僕が最近夏目漱石を読んでいるのは、例えば「門」がどんな話しだか忘れてしまったし、明治の文学をもう一度読み直したいと云う気持ちが合わさったからである。

 例えば、曲をさらっている時に楽譜を読み直すのは、覚えているはずの音符の記憶があやふやになっていることに気がついたり、それ以上に全体の構成などを再確認しようと思うからである。

 だからそう云う心配がなければ、何かを弾かなければならない時にいちいち楽譜を見たりしなくてもよいことになり、そしてそのようにして覚えることができた曲を我々はレパートリーと呼ぶのである。

 また上手い具合にたくさん曲を覚えることが出来れば、それまでの経験を生かして曲を覚えるコツを身につけることができて、さらに容易く(語弊大いにあり)暗譜することができるのである。

 ところが、ところがである。

 原因がなんであれ、曲を覚えられない人が多い。

 彼らが、怠け者である分には何も云うことがない。

 だけど、少ない練習時間を使って必死に練習していながらも、少しでも練習時間が減ればそれだけ曲を忘れてしまう、そんな悲しい状況を何度も味わいながらも、健気に挫けず練習を続けるような人が想像以上に多いと云うことも知っている。

 さて、どうすれば練習した物を忘れないで、しかも練習したものがきちんときちんと蓄積することができるのか、それは人それぞれによって原因が違うから決定的なことは云えないから決定的なことは云えない。

 だが、そんな人を見ると、ただ必死にもがいている人の目を見ると、・・・実に辛いものである
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