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2011.01.12 (Wed)

練習前のひととき

 暫く掃除も調律もしていない古い国産のアップライトピアノの蓋を開けて、何処かの鍵盤に指を置いて押してみる。

 隣近所に対して騒音による迷惑を気にせざるを得ないような時間帯に音を出す場合には弱音ペダルを踏んだ状態で音を出すのだが、弦とハンマーとのあいだに厚手のフェルトの布が割り込んでいるだけで、背筋が凍るような萎びた音がなんとも形容しがたい気持ち悪い音として聴こえる。しかもこのペダルを踏んだ状態で出る音は、弱々しく汚い音にも係わらず耳にもの凄い圧迫感を与えるので気持ちのよいものではない。

 その時は午後の早い時間で、外は排雪作業のために意外に騒々しく多少大きな音が出してもよかろうと弱音ペダルを戻して、再び適当に鍵盤を押してみた。年代物で調律もしていない所謂きれいな音のでないピアノなのにちょっとだけうっとりするのは先程聞いた、カスのような音が耳に残っているからだろう。

 僕が持っているピアノの楽譜は、手に負えないものばかりである。

 それはどんな風に弾けばいいのか見当がつかないようなものが多いということで
ある。つまりごちゃごちゃとたくさんの黒丸や白丸でかかれた音の塊があちこちにあるので何の音を出せばいいのか判断ができなくなるからである。

 そう云えば、いろんな生徒がギター曲のある部分を「どう弾けばいいのか分かりません」と云っていたけれど、彼らもこんな気分だったのかもしれないなと思いながら、1番高い声部から順番に弾いてみる。するとなんとなく形は分かった。で、それを同時に弾こうとすると、当たり前のようだが弾けない。

 難しい曲を初見で弾ける程ピアノに限らず楽器は生易しいものではない、そのようになるためにはもの凄い修練が必要なのである。

 数日前から管理人は除雪機を使って駐車場や物置の通路に積もった雪を巻き上げ、数カ所に集め始めていた。また物置の屋根に積もった雪も少しずつ落とし始めていた。おそらく近く行われる排雪作業のための準備なのだろう。

 マンションと向かいの家々とを隔てる市道には、雪かきをする人や、仕事に行く
人や、その辺で仕事をする人が何人かいた。

 雪道を歩くのは難渋するので、皆一様にゆっくりとした足取りであった。

 その景色を見ていると不意に、耳の奥で「がらーんがらーん」と云う鐘の音が聴こえた。

 それは正月に函館で聞いたガンガン寺の鐘の音かもしれないな、と思ったけれど耳を澄まして考えてみると、それはソルの悲歌風幻想曲の中、葬送行進曲の中間当たりに出てくる音であった。

 正月の函館元町界隈では、ガンガン寺の鐘の音が鳴る空の下観光客や地元の人が寒そうに凍った路面に足を取られないように注意深く歩いていた。彼らの歩みと、教会の鐘の音とのあいだには、何ら関連性はないのだけれど、妙に調和していた。

 遠くから聴こえる鐘の音は、教会の鐘であるのか、葬送行進曲の中間部分に出てくるミの音なのか、大聖堂の1曲目の音なのかもう俄に判別できないくらいに僕の頭の中で渾然としていた。

 今僕の目の前を歩く人々の歩みと、僕の耳の奥で聴こえる葬送行進曲などの教会の鐘を思わせるような音とのあいだにも、なんの関連性はない。が、これまた調和しているように思われた。

 そのように感じている瞬間は、僕の頭の中はスッキリと晴れ渡っているはずである。僕はギターに手をかけながらもう一度窓の外を見渡した。

 全てが調和している景色を見ていると、排雪作業を邪魔するように駐車場の真ん中に駐車している車が見えた。

 僕の車だった。
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14:58  |  楽器  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)
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