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2010.12.31 (Fri)

自分の思いを

 見るからに気の弱そうな性格の人の、それは勿論僕を含めたクラスメートにも親類にも大勢いて、また義務教育を終えてすぐに稼業の農家を継いだり集団就職をする人だって少ないけれどいた時代の、僕の周囲には如何にも内気な人が多かった。

 例えば落語の、僕は落語を聞くのが大好きであるが、人情話「文七元結」の中の一場面で借金まみれの父親を助けるために年若い娘が身売りをして作った金を父親に貸すところ、遊郭に置き去りにする娘に対して「何でも頭下げてはいはいと云っておけ」と未知の環境で暮らすための心得を伝えるところがある。

 上司の云ったことに、何でも「はいはい」と返事して一生懸命に仕事をするんだよ、と云うのは、江戸時代の借金野郎でも、僕の育った昭和時代でも、おそらく平成と云われる現代でもあまり変わらない親が子に対して云うアドヴァイスなのかもしれない。

 初めのうちは「はいはい」と返事しながらも次第に、仕事を覚えるのは勿論のこと、手の抜き方や上役とのコミュニケーションに長けていきながら出世をする人と、何と云うか初めから終いまで素直に上司の云うことに対して「はいはい」と返事して一所懸命に、一切手を抜かないで仕事をする人がいる。

 随分前のこと、もの凄く大人しい女性が教室にやって来た。

 音楽は、自分の内面の思いを外に出すこと、つまり表現を目的にする。

 だからレッスンでは、当初は楽器を弾きこなす技術を身につけると云うことについて時間を割くことになるけれど、次第に曲を演奏することを通して自分が何を思い、何を伝えたいかをしっかりと認識して、それを最大限に楽器を通して表現できるように助言することが大きな内容になる。

 ところが、内気な彼らは自分の思いを外に出すと云うことにもの凄く抵抗を感じるようで、頑なに一切の感情を隠すように演奏をすることが多い。

 彼らの多くは、自分の思いを伝えることをしないで、我々の云うことを忠実に守ろうとする。つまり、強く弾くのか弱く弾くのは、速く弾くのか遅く弾くのか、指使いやその他諸々のことまで指示するよう我々に要求してくる。

 しかし、そう簡単には我々の要求に応えることができないので、次第に苛立ちそうして、終いに彼らは半ばキレたような表情で教室を辞めていくことが多い。

 自分の思いを伝えないようにしている人でさえ、始める場合と辞める場合には自分の思いを相手に伝えざるを得ないし、結局何も云わないようにしていても態度や顔付に彼の言いたいことが現れてしまうのだから彼らは常に云いたいことを表しているのである。

 ただ、言葉を使って自分の考えを誰かに伝えようとしないだけのように見えるのである。

 しかも辞め際の感情的な、しかも嫌悪感を伴った感情で教室を去る人を見るのがとても辛いものである。

 その原因の殆どが、僕の責任にあるのかもしれないが、彼ら自身がもう少し自分の感情を小出しに、できれば言葉を用いて伝えることができれば、もう少し自分の夢を叶えることができただろうに、と思ったことがある。

 人は何も云わないまま生きることができないのだから。

 云わなければならないことについては、正確に云わなければならない、である。
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