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2010.11.05 (Fri)

音についての分からないこと

 例えばアンサンブルをする際に「Aを下さい」と云う場合がある。

 Aと云うのは階名で云う「ラ」であって、我々が楽器を調律する場合の基準にする音である。一般的には440Hzであるが、僕が知る限りのいろいろな楽器、勿論古楽は覗くけれども、コンサートホールにあるピアノなどは442Hzにしている場合が多い。

 だから誰かが楽器を持っていて誰かに「Aを下さい」と云うのは、ピッチ即ち基準の音高を知りたいと云うことを意味する。

 ならば「Aをくれ」と云われた人は迷わずに「くれ」と云った人が聴きやすい高さの正しく調律されたであろう「ラ」の音を何度か明瞭に鳴らしてあげればよろしい。

 ところが「1弦の」などと聴き直す人がいるが、そんな問いは必要ない。仮にギターの1弦5フレットを押さえて鳴らせば大方の人は何の苦情も云わずにその高さに合わせるだろうし、幾ばくかの人は「5弦の解放弦で」などと注文するかもしれない。そうしたら改めて5弦の解放弦を鳴らせばいいのである。

 またAを必要とするのが調弦が目的ならば、1度鳴らすばかりでなく何度か鳴らし続けることが親切である。そのうちきちんと合わせることができた人は「ありがとう」と礼を述べるはずだからそのときに鳴らすのは止めればいいのである。

 ところがそのときに「1弦で?」とか「ハーモニクスでいい?」などと聞き返されると何だか無性に嫌悪しそうな気分になってしまうことがある。

 それは何もラに限ったことではなくミなどのような単音であってもドレミのような音階であっても同様である。

 「ドレミって弾いてみて」と云って相手を見ると、表情が硬くなり、呂律が回らないような風で、暫く考え込むような人がまるっきりいない訳ではなく、逆にあちこちでよく見かける光景のように思われるのだが、それがまったく楽譜が読めない人ならばいざ知らずある程度読めると云う自信を持っているような人であっても、そのような態度を取ってしまう人がいるのが僕には分からない。

 しかもさんざん迷った挙げ句に何を弾いているのか分からないような雑音を出すの
は、いったい何が問題なのだろうか。

 それは、ただ楽譜と、音符と、音名や階名に 不慣れだと云うことが原因なのだろうか。

 世の中分からないことだらけである。
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