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2010.09.13 (Mon)

上がり克服について



 いつもとてもお世話になっている楽器商のOさんと話しをしていた時のこと。

 話題は何か、と云えば上がり性のことである。

 僕も彼も名うての上がり性だと僕は考えていて、多くの人が人前で演奏することのプレッシャーに負けて、つまり上がり倒して、前後不覚になるほど無様な失態をいったいどうすれば軽減できるのだろうか、と云うようなところに話しが進むのはごく当たり前の成り行きなのである。

 その成り行きは、例えば長年の人生経験を積んだ人々に殊に見られるような極度の上がり性を、しかもそれがギター弾きに多いと云うこと、それを如何に克服できるだろうか、と云うようなことに話しの流れが移っていくことは如何にも自然なことであった。

 つまり、一見若い人々はのびのび演奏していて、中高年以上の人々は頑になっているように見え、しかも演奏内容もそのように思える、と云う明らかな現実として見られるような。

 何故我々は上がるのか、或いは、民族的に上がる上がらないの違いがあるのか、と云うような話しは、ネット上でも見かけることがあるけれど、それらは単に統計的な問題や上がりのメカニズムを医学的に解説してみたりする程度であった。

 特に、上がり性をどうすれば直すことができるか、と云うことを今日真剣に話した訳ではない。

 だけど、僕は以前レッスンした人のことを思い出していった。

 彼は高齢であるが元気な人で、その故に経験の浅い僕は「もう少し練習してくださ
い」と云ったことに彼は激情して、いつもの穏やかで小心者っぽい人柄とは真反対の強面で腹から声を出して僕に文句を言う人のことを僕はOさんに話したのである。

 そうか~、普段気弱でも言いたいことがあれば、上がらないで云うことができるの
か、それは演奏も一緒だね、と云うようなことを云って納得しておられた。

 つまり、言いたいことがあれば、上がらないで自分の思いを云うことができるのだ。

 逆に云えば、上がる人の全てではないにしても、多くの人は、云うことがなくただ、云わなければならないと云う強迫観念のために上がってしまうのではないだろうか、と云う話しに落ち着いたのである。

 僕も、それが正しい答えなのかもしれないと思い始めた。それは自分のこれまでを思い出して考えてみたからである。

 勿論、それが正しい判断かどうかは知らない。

 だが、我々は、言いたいことがあればある程度、誰にでも云うことができるのであ
る。

 とは云え、どう頑張っても人前で発言したり、演奏したりすると云うことが苦手な人や、それを怖れる人がいることも知っている。

 だがそのような人々は、おそらく自ら臨んで人前で表現しようと云うことを望まないであろうから、彼らについては今は考えの外に置いていいだろうと思う。

 即ち、上がらないためには、自分で云うべきことをしっかり自分で理解して、把握しろと云うことである。

 云わなければならないけれど、云うことがないと云うような精神状態にならないために。

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