fc2ブログ
2010年08月 / 07月≪ 12345678910111213141516171819202122232425262728293031≫09月

2010.08.12 (Thu)

悪い奴ら

 我々の周りには、信じられないくらいに人間性の豊かな素晴らしい人がいる一方で、開いた口が塞がらないような最悪な人がいる。

 素晴らしい人については、今は特に云うことがない。

 特に書きたいと思うのは、やはり最悪な人、つまり一般的に悪人と呼んでいい人の場合である。

 何故書きたいと思うのか、と云えば彼らの行いが、殊に弱者に対して利益を侵害、またはいろいろな意味で蹂躙する方向で働くからである。

 悪人が悪事を働くためには、相手は弱い方がよろしい。この場合の弱さは腕力よりも性質や気質の方が重要である。

 何故なら腕力が弱くても抜け目のない人には悪事を働くことは用意ではないからである。それよりも、仮に腕力があっても抜け目だらけの人ならば様々な方法で悪事、殊に金を巻き上げることができるからである。

 その最たるものは、詐欺だろう。

 悪事のそれぞれについては特に書く必要がない。それよりも問題なのは、悪事の餌食になる人達である。

 彼らは、一様に抜け目があって、如何にも自信がなさげである。

 だから、調子のいい言葉を疑うこともせずに相手を信じ、また信じることがいいことだなどと考えて相手の言いなりになって損をすることになる。

 もっとよく考えろよ、などと叱責まじりに忠告する人がいるかもしれないが、彼らはどちらかと云えば相手との関係を悪くさせたくないと云う風に考える場合が多いから、知らず知らずのうちに悪人の言いなりになってしまうのである。

 さらに悪いことに彼らは、その被害を、自分が不甲斐ないからだ、などと事件の原因を自分のせいにするかもしれない、そうなれば悪人は濡れ手で粟と云う諺通りに金をせしめることができるのである。

 だから事件後に、もっとよく考えろとか、誰かに相談しろとか、うまい話しは鵜呑みにしないでよく考えろ、と云う人は多い。

 だが、他人の話しを何の疑いもなく鵜呑みにする人のどれだけ多いことか。

 また悪人は、相談相手のたくさんいそうな人には毒牙を仕掛けたりはしないから、引っかかる人は相談相手が少ない人を選ぶのが一般的だろう。

 しかもそんな人は、失礼ながら抜け目の多い人なのだ。さらに自分が抜けていることを承知の人がいるかもしれない。

 ならば、すべて自分の責任で失敗するのだと思い違いをする人がいても不思議ではない。

 もっとよく考えて、誰かと相談して、つまり社会とコミュニケーションを取ることの必要性をもっと考えよう。
スポンサーサイト




いつもお越しくださって有難うございます。ブログ村参加して見ました。
お好きなところをクリックよろしくお願いいたします。
にほんブログ村 クラシックブログ 弦楽器へ にほんブログ村 音楽ブログ 音楽教室・音楽学習へ にほんブログ村 クラシックブログへ にほんブログ村 地域生活(街) 北海道ブログ 札幌情報へ


PVアクセスランキング にほんブログ村 松木幸夫的思考 - にほんブログ村

テーマ : 思うこと - ジャンル : 学問・文化・芸術

23:12  |  身体  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)
 | HOME |