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2010.07.09 (Fri)

例えば生徒を見て感じること


 若い頃に一度ギターに熱中しながらも、仕事の忙しさにかまけて、やむを得ず練習を中断して、様々な事情によって再びギターと取り組むことができる環境が現れたために過去に習った師匠のところや、新しく師匠を見つけて熱心にギターを練習しようとする人は多いものである。

 僕にとって彼らは、実に驚異的な存在になる。それは、確実に彼らは僕よりもギターのキャリアが長い。しかもギター界に詳しい。ギタリストとの付き合いが深い。それゆえ、彼らから見れば若造である僕の意見は、彼らには取るに足らぬものである。などの理由によって彼らはとても驚異的な存在である。

 まあ、彼らのすべてが驚異であれば彼らとて役立たずの僕の教室に通う必要がない訳である。そのような彼らが通うのは、おそらくいろいろな理由によって彼らにとって得るものが多いと感じているからだろう、と思われる。

 そのような彼らの幾分かは、昔習った師匠の言葉が現在でもありありと思い出すことができる程に新鮮に記憶されていることがあって、その点で僕の言葉とのあいだに矛盾を感じるようで、いろいろと行き違いや食い違いがあったりする。

 だからレッスンの時間で僕も彼らも云うに云われぬ気分になることがよくあったりするものである。

 だが、我々の本来の目的はひとつである。

 つまりいい演奏ができるようにする、と云うことである。

 その一点で我々が協力することができて、彼の演奏の理想が明確であれば、我々は共にしっかりとした歩調で歩みを進めることができるのである。

 しかも、自分の足りない部分があることが明確に分かれば、必然的に練習方法も分かる訳で、それをクリアしようとする彼らの熱意はあっという間に、問題を克服することができたりするのである。

 勿論そのように目的をしっかりと達成できる人は多くない。

 それは、説明するまでもないことだろう。

 何故なら、彼らは、彼らよりも年が若く、キャリアの少ない人間の云うことを聞かなければならないのである。

 年少の人間に頭を下げられる人と云うのは、なかなかいないものである。それは自分がそのような立場になった時のことを考えれば、簡単に想像できるだろう。

 ところが、上手になる彼らはそれが、できるのである。

 彼らは押し並べて、礼儀がよく、言葉遣いも丁寧で、我々に対して信頼感を持ってくれる。

 そのような彼らに会う度に僕は、弛んだ気持ちが引き締まる思いである。

 立派な人は、世の中にたくさんいるのかもしれない。

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