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2010.06.30 (Wed)

僕の目、彼の目

 解釈するな、と云うのはとても大切な文言であるように思われる。

 解釈とは、ある事柄を受け取り手が理解するための手段である。

 だからそこには理解する個人の固定観念や恣意性が大きく係わってくるために、ある事柄の本性を歪めてしまう危険性が大いにあるからである。

 それは芸術的な作品への理解ばかりでなく、人間や動植物、ひいては宇宙に対する理解の際にも重要な事柄である、と書くのは少しばかり大袈裟すぎるかもしれないけれ
ど。

 例えば一見簡単そうな部分を、何度練習してもできない人がいるとして、彼の師匠なり仲間なりが業を煮やして「なんでそんな簡単なところが弾けないんだよ」「やる気無いんじゃないの」と思ったり口に出したりする場合があるかもしれない。

 教育熱心な人や親切心のある人は、「こうすればできるようになる」と云うようないろいろな助言や練習方法を与えるかもしれない。ところが彼は一向にできないかもしれない。そんなことが繰り返すことによって彼らが解釈する彼は、もしかしたらやる気のない人と位置づけられるかもしれないし、彼自身その解釈を受け入れてしまう可能性がある。

 だがそのような助言や練習方法は、彼にとって一番必要な方法であるとは限らないと云うことを我々は知らなければならない。

 我々が知らなければならないのは、実のところ僕もよく分からないが、例えば「どうすれば弾けるようになるだろうか」或いは「何故練習しても弾けるようにならないのだろうか」と云うような視点だろうと思う。つまり彼の側からしか見ることのできない視点である。

 できる人は、肉体的、また精神的な、或いは周囲の環境などが「できる」ために必要な条件をすべて満たしたから彼はできるようになったのかもしれない。

 できない人は、その条件のいくつかがまだ足りないのかもしれない。

 もしそうなのだとすれば、ただ練習することを強要するよりも、足りない部分を見極めてそこに援助の手を差し伸ばすことが必要なことだろうと思うのである。

 その足りない部分の見極めがメチャクチャ難しいのだろうが。
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