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2010.04.16 (Fri)

現代に生まれたことのありがたさ

 誰が云ったのかはっきり覚えていないのだが、またそのような意味のことを云ったのがただひとりでないのだが、「あんな風になってまで生きるのは嫌だ、俺はぽっくりと死にたい」と親か親類の誰かが云うのを何度も聞いたことがあった。あんな風と云うのは寝たきりで家族の介護されながら痛みと苦しみの床についている老人の姿である。

 彼らは、他の家族に下の世話をしてもらいながら長生きするのは嫌だ、どうせ死ぬならすうっと眠るように死にたいと云っていた。彼らの同世代の親類も同じような発言をしていた。

 それは長期にわたって介護されることに対する恥ずかしさもさることながら、自分の子供達にきちんと介護してもらえるのかと云う不安感もそのような発言をさせる動機になったのだろうと、若い頃の僕は理解した。そのときの僕としては、否、僕ばかりでなく僕以外の若い家族の誰もが、家族の世話をするのを嫌だとは思っていないと云うことは知っていた。だからそんなことを云う人はなんて水臭いんだろうと思っていた。まだ青二才の頃の僕らは、介護の大変さもそれが長期にわたった時の困難さも知らなかったから単純に正義感としてそのように思ったのかもしれない。

 とても現世的に生きていた我々家族は、生まれ変わりや死後の世界や具体的に死と云うことについて話しをすることはなく、ただ死に至るまでの不安感ばかりを話していたし、話しをする本人自体常に死と云うものを意識して生きていた訳じゃなくたまたまそのような場面がテレビから流れるのを見ているときに思いつきのように話すだけだから漠然とした死に対する恐怖を語るだけで話しは立ち消えになった。

 若い頃の僕は、死に対する恐怖があまりなかった。人は生まれて成長して老いて死ぬと云う具合に即物的にものを見ていたから死と云うものを実感として感じていなかったのかもしれない。だから仮に布団にくるまりながらも寝付かれないようなときに、自分が死んだらどうなるのだろうと考えてみたことが何度かあったが、当然答えの出るはずがなかった。そのようなことの一切に僕は鈍感だったのだろう。

 いくつかの葬式や通夜に出かける機会があり、家族を亡くしたものの言葉にできないような悲しみと、亡くなった人々の最後を聞く機会があった。

 遺族には、親族の死を、しっかりと受け止めることができた人、なかなかできない
人、悔いを残す看取り方をして悔しい思いをした人などさまざまであった。本人としては、自分の人生に何一つ思い残すことがなかったと看取ってくれる人に感謝の意を表した人や、志半ばを心残りに思う人、自分の死を受け止めきれないまま悲しみ続ける人など、これまた様々な形があったと残された家族が語っていた。

 誰かが亡くなって葬式を済ませて喪に服する期間とは、諸々の残務整理や、故人を思いながら祈り、思い出し、気持ちの整理をすると云う残された側のための期間である。

 では本人としてはどのようにして諸々の整理をするのだろうか。

 例えば仕事上の問題、遺産の問題、それ以外の個人的な問題、があるだろう。

 それに不慮の事故や事件に巻き込まれて突然死ななければならないこともあるだろうから、そのような不遇の状況に遭遇した人々は気持ちの整理などつける余裕などないままであり、それは残された家族も同様のはずである。

 今は、死に至るまでにはある程度の期間があると云うことだけに限定して考えてみたい。

 何故今そんなことを考えるのかと云うと、年末から今までのあいだに何人かの訃報と病気の宣告されたと云う報告に接したからである。

 不幸にして、彼らを蝕んだのはすべて癌だった。

 そのうち亡くなった人を最後まで悩ませたのは、猛烈な痛みだった。だから意識が混濁して、数日間意識不明のまま寝込もうとも痛みを和らげるためのモルヒネなどの痛みを止める薬の投与を受けたらしい。

 ぽっくり死にたいと云った僕の親は、どの程度それらの痛みを想像できただろうか、また僕はそのような痛みに耐えることができただろうか。



 中江兆民と云う明治生まれの政治思想家について書かれた本を最近読んだ。彼は喉頭癌を患ったそうだ。彼が感じる症状としては呼吸困難とのどの激痛がすべてだったようだ。

 現代であれば、放射線治療や、痛みを和らげるための投薬、呼吸を楽にするための気管切開などの処置をするだろうが、その本によれば彼に対しては呼吸を楽にするための気管切開だけが施されたようである。

 つまり彼は苦しさと痛みの症状の苦しさだけを軽減する処置をされたのである。それで彼は死ぬ前のあいだに名著と云っていいのかもしれない著作をものにしたらしい。

 そう、現代ならば、苦しければ苦しみをを減じ、痛ければ痛みを減じるような治療がある程度行うことができそうである。

 ところが、明治30年代の日本では気道を確保するための気管切開がせいぜいできる治療法だったのかもしれない。つまり痛みは消えないのである。

 僕はそれを読んで、「じゃ、それ以前は」と思わず考えてしまった。

 つまりそれ以前の人々は、苦しみも、辛さも、痛みも、すべて意識が消える瞬間までありありと感じながら人生を閉じてしまうのを待つのだろうか、と考えた。

 それはおそらく僕には想像を絶する恐怖なのだろうと思う。

 若い頃の僕は死に対する恐怖があまりなかったのは、そのような痛みについてまったくの無知だったからかもしれない。

 今ならば、痛みを通して死への恐怖感を持つ。

 そして痛みを止める薬がある現代に生まれてよかったな、と切実に思う。
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