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2010.04.08 (Thu)

徒然なるままに

 タッチの練習と云うのは、その楽器の持っている本来の音を、当の楽器の反応を観察しながら探りそうと云う行為だよ。

 だから、僕の云ったような方法でただ闇雲に弦を引っ叩いてはいけない。自分の指の力加減が変われば、楽器から出て来る音がどのように変わって来るのかを、じっくりと聴かなければならない。

 そういう作業を通じてその楽器の言いたいことを感じ取ってあげるようにしよう。決して自分の好みの音だけを出そうとしないこと。それは自分の彼女に自分の好みの服装を押し付けるようなもので、貴方にとっては具合がいいかもしれないけれど、彼女の立場になって考えてみれば、それは迷惑なことだろう。

 でもどんな音がその楽器の音なのか分からないと君は云うだろう。

 それはその楽器全体がよく反応しているような音を探すことだよ。とにかく楽器の云うことに耳を傾けることだよ。

 メロディをそんなによたよた弾くのはどうして、と聴くのは失礼かい?今貴方が鼻歌で歌ったメロディの形とギターから出て来るメロディの形が違うのはどうして?もしかすると、貴方は自分の意志とは違う何かの意思によってそのメロディを弾いているんじゃないの?或いは、自分の弾いている音をじっくりと聴いていないのではないの?

 そこの部分をいったいどんな風に弾けばいいのか分からないようだけれど、ここの伴奏の音は7度の和音が連結されていて、しかもつなぎ目に休符があるんだ、そうするとこんな感じに伴奏の音は響くでしょう、それでメロディがこんな風に、と云いながら僕は鼻歌を歌ってみせた。ほら、なんだか貴方が弾いたのと違う情景や色彩が見えてきたでしょう。別の部分はちょっと落ち着いた感じの低音が4分音符で演奏されるから、その前の柔らかい部分とニュアンスを変えてあげればいいでしょう。

 単純に表面的な手つきを真似するのではなくて、もっと内容を汲み取ろうとしたらどうですか?芝居などでは、形と云うものがあって泣く芝居のときに子供ならば手をどの辺に持ってきてどんな感じに動かすとか云う所作を真似すればある程度は、その子が泣いているように見えるものだそうだ。でもそれはその所作をきちんと正確にやらなければ相手に伝わらないものであって、貴方がしていることは漠然とした真似に終わっているんだよ。

 表現と云う媒体は、さまざまあるけれど、その根底には貴方が何を感じて、それについてどのように考えて、如何に伝えようとするかと云う、貴方自身が表現の奥底に必ずいるもので、ただ苦し紛れに、必死に、歯を食いしばるだけが貴方ではないと僕は思うんだ。

 勿論貴方がただ苦し紛れに何ごともやってしまうタイプであれば、それでいいと思うけれど、貴方の日頃の言葉と態度からはそのような必死さは微塵も感じられないんだよ。それどころか常に周囲に気を配って、その場の空気をいつもいい具合に保っているような繊細な人じゃないの。

 自分を表現すると云うのは、殊に日本人には難しいことだけど、それは隠し通すことができない種類のものなんだよ。ならばきちんと大人としての立ち居振る舞いと言動で表現すればいいんだと、僕は思うよ。
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テーマ : ひとりごと - ジャンル : 心と身体

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