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2010.02.14 (Sun)

我々の潜在能力



 例えば、両手を軽く握ったり開いたりと云う動作を、1秒間に何回できるだろうか。

 個人差はあるだろうが、3回程度ならほぼすべての人が楽に握ったり開いたりと云う動作を行うことができるだろう。

 1秒間に3回と云うことはメトロノームで云えば180に1回は手を握って開くことができると云う計算になる。

 通常手には5本の指があって、ピアノならば5本全部、ギターならば小指以外の4本をギターを弾くために使っている。

 話しをギターに限定するけれど、一遍に握る動作を微妙に等間隔にばらしたとすれば、我々は特に苦労することなくメトロノーム180に4つの音を弾くことができると云うことである。

 ここで肝心なことは、苦労することなくと云う行である。

 僕は急いで手を開いたり閉じたりすれば1秒間に7回できる。メトロノームにはもうその数値は書かれていないけれど、仮にあるとすれば420に1度僕は和音を弾くことができると云う計算になる。

 それをアルペジョに直せば、420に4つの音を弾くことができると云うことである。

 ところが現実問題として、僕はそのスピードでアルペジョはおろか、和音ですら弾くことができない。

 それはいったい何故か。

 ひとつには僕がそれだけの速い音をすべて聴くことができないと云うことが挙げられるだろう。

 それ以上に僕の頭脳では、420に4つの音を均等に弾くと云う動作をさせるための能力が備わっていないと云うことである。

 ここが今日の眼目であるが、おしなべて我々の身体には、自分でも気づかないほどの潜在能力があるものである。

 ただそれを使い切れないだけの話しである。

 さて、上記の420に4つと云うことは1秒間に28個音を出すと云うことである。

 つまり、0.035秒に1度音を出すことになるのだ。

 おそらくその速さでは、通常の木材を素材とする楽器では響板が振動するよりも速く次の音が発音されるためにきちんと楽器の音を出すことができないと云うこと。

 それ以上に僕の能力では、その速さをコントロールすることができないだろうと云うこと。

 またそんなに速い音を聴き続けると云うことが我々の精神にとって悪影響以外にないだろうと云うこと。

 その他数え上げればきりがないだろう。

 つまり我々の身体は、ある程度の速さでギターを弾くと云うことが、屁でもない能力を既に身に付けているのである。

 我々が、早く、また上手に弾けないでいるのは、上手に弾けないような身体の使い方をしていると云うだけの話しである。

 その間違った身体の使い方を直すのが、レッスンの目的である。

 と云う話しをすると、ほぼすべての人が怪訝そうな顔を露にするのである。

 信じるものは報われるのである。

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テーマ : 音楽的ひとりごと - ジャンル : 音楽

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