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2010.02.12 (Fri)

気分転換について


 例えばカルリの非常に簡単なアルペジョの練習曲がある。ハ長調で書かれた僅か8小節の曲で、前半がドミソの和音とソシレファの和音、後半はそれにラドミの和音とレファラの和音が使われるだけの単純な曲である(ドドミソドミで始まる例の曲である)。

 ところがこの曲で苦労する人が意外と多いことに驚いたりする。

 それは、テンポが速くなって指が追いつかないから弾けないのではなく、とてもゆっくりのテンポでも殊に左手の和音の押さえが上手くいかないために、或いは右手親指が弾く弦を間違えてしまうために、何度弾いても失敗するのである。

 左手に関して云えば、それは後半のラドミからレファラに移るところであり、右手親指に関しては、後半の初めに出てくるラドミの和音の弾き始めに集中するようである。

 右手の動きに関しては、初めの4小節と後半の4小節は同じである。左手に関しては、後半のラドミ→レファラ→ソドミと動くところが鬼門である。

 そこを苦手とする人は、当然それまでに数えきれないほど失敗してきただろうし、早く丸を貰いたいと云う一念で、殆ど苦悶の表情を浮かべながら、なんとか失敗しないでくれと神頼みをしているような気持ちで演奏して、失敗しているのかもしれない。実際僕の目の前でそれを弾く彼らは、そのように見える。

 そう云うことが続けば、またその改善の兆しがみられなければ、おそらく次第に意欲が減退して、練習すること自体が苦痛に感じられるだろうし、自分の不甲斐なさと無力感だけが心に刻まれてしまうかもしれない。

 しかもそのような状況に陥れば、幾ばくか心を閉ざし始めるように見受けられる。自分はギターが上手くならないのだ、と云う思いに縛られているように。

 そのような人に「頑張れ」とは云えない。彼らは既に充分すぎるくらい頑張り続けてきたからである。頑張り過ぎたからこそ、その時彼らは何やら負の気持ちに囚われ始めているのである。

 一概に云えないが、そういう彼らは一様に慎重である場合が多い。勿論、楽器を弾くこと自体が難しいために慎重にならざるを得ないのかも知れないけれど。

 でも、リラックスすれば、ある意味間違ってもいいと思えることができれば、それは逆説なのかもしれないが、上手く弾けるかもしれないのだ。

 また、ゆっくり弾きすぎると云うことは、ある程度快調なテンポで弾くよりも難しく思えることがあったりする。

 いずれにせよ、失敗したときには、思い切り気分を変えることが必要なのである。

 それは楽器の練習をやめて、遊びに行こうと云うことではないよ。

 練習する時の気分を変えようってことだよ。

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テーマ : 音楽的ひとりごと - ジャンル : 音楽

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